苦悶の人々、ここに集う

苦悶の人々、ここに集う

親父の兄貴が亡くなった。
最近では盆と正月にも顔を合わせることも無く年を重ねてきた親戚一同が、通夜のこの日ばかりは集まった。
何年も会わない間にすっかり大人になっている従兄弟連中に、老け込むだけ老け込んでいる親父の兄弟達。
彼らの嫁連中に子、孫含めてごった返すその一塊は、さながら人生の品評会。それぞれに人生があり、それぞれが自分を中心に世の中は回っている。
人づてに聞いたことながら、40歳前にして脳卒中で寝たきりとなった旦那をかかえる従妹。
新婚早々不倫がバレて離婚訴訟まで起こされている甥っ子とその慰謝料に翻弄・奔走する両親。
一千万円近いボーナスを貰う公務員の息子がいるにもかかわらずその息子から見離され、失業後ヘルパーに転職して四苦八苦毎日を送っている叔父夫婦。
お互いの明日の居場所も関知せぬまま、海外旅行に明け暮れる叔母と、その旦那・・・。
これでもか!というくらい劇場型人生のオンパレード。
上辺だけの近況報告その会話の中には、触れてはいけないキーワードが渦巻いていたが、上手い具合に皆、触れぬ術を心得ている。
負けず劣らず辛酸をなめていたのは、ステージ中央の額の中で笑う当主人公と、その連れ合いだった。
 床に伏して7年間、嫁いでいった娘夫婦の力も一切借りることなく女手一つでの介護、その果て何の労いの言葉も無く逝ってしまった夫・・・。
今宵の、そこからの解放は、悲しみなのか哀しみなのかそれとも喜びなのか。
心中到底知る由もないが、急遽大阪から出向いて来た娘夫婦と祭壇横に並ぶ伯母の姿は、思いの外サバサバとしている。
式場に入る人たちが思わず立ち尽くすほどの細々とした式の規模と参列者の数・・・。
誰もがその場を繕う話題に苦慮しているのが見て取れる。

額の中の主人公は、誰もが納得する年齢と状態だったのだから・・・。

 

 式次第の後、「親戚御一同」の部屋に集められ急場しのぎの寿司をつまむその席は、悲しみに暮れるでもなく、夫々の苦悩を押し殺した愛想笑いの、生温く澱んだ空気が渦巻いていた。
 誰にも言った憶えがない自分の失業を、その場の誰もが知っていた。
そして、この期に及んで顔に書いてあったのかもしれない。
これら苦悶の人々の中で、ちっぽけなこの私の苦しみなんぞは如何ばかりなのか。ドラクエで言うところのダメージは、いったい何レベなんだろうか。
「お金を貸してもらえないか」ここに来るまでの間、何人の親類縁者にお願いすればいくら集まるか?なんて・・・単純に皮算用していた自分は、どこまで見当違いの人間だったか。
恥ずかしくて、こめかみあたりがチリチリと痛み、顔が火照る。
 帰り際、借金まみれで行方をくらました亭主を持つ叔母に二の腕を掴まれて、「がんばらんといかんヨ。」と励まされた。
失業ごときの苦悩で励まされている自分こそ、この席には不釣合いと情けなくも感じた。
まだまだ正気の四十歳代、むしろテメエの不幸なんぞは押し殺して来い!とばかりに、その場の空気はピンと張りつめ冷ややかに開き直っていた。